サイドカーショップの履歴


ちょっとへその曲がった親父の名前 高井勝夫

自動二輪免許を取得し最初に買ったのが陸王RQ750。これが又大変忙しい車である。ハンドチェンジクラッチは足動、電気位置は左手、そして曲がる時は左手で合図、それよりもっと決定的なのは自分の足の短いこと。これが一番致命的。でもオートバイは大きいのがいい。そして3年後、憧れのハーレーダビッドソン1200デュオグライドを手に入れた。でもすごく高かった。給料が1ヶ月5500円の時、3年落ちで60万はきつかった。それからが大変、シートの高さがとんでもない。この時ほど親を恨んだ事! せめてあと3センチ足を長く注文してくれれば、でも何とか頑張って乗っていました。そんな時前を走っていたのがサイドカー、なんと止まった時に足を着いていない。これなら絶対にこけない。よーしこれにしよう。でもまた致命的なことが、どうしよう金がない! 仕方ない自分で作ればいいか! それからシャバ中走り回ってサイドカーの資料を探したり、昔乗った事がある人を探したり忙しくなった。色々な車に取り付けてみた。メグロZ、DSK、BIM、もちろん陸王も。それからWシリーズ、GT750、GX750など15台ほど作り何とか目鼻がついてきたので、それまでの本業であった砕石販売業を閉鎖、そして1972年3月に現在のサイドカーショップ東海を開設、そして2018年12月迄の製造台数は673台となりました。これは一重に北は北海道、南は沖縄までのお客様のおかげと感謝しております。当社の製品の特徴は全てオリジナルであることと同時に出来る限りユーザーの注文どおりに作り上げること、だからセッティングもスプリングの強度も全てユーザーの体格に合わせて作ります。だから健常者だけでなく障害がある方でも結構、その人の体の一部を作らさせて頂きます。これ迄に20台ほど作らせて頂きました。それからオフロードのサイドカーも作っています。


成せばなるなさねばならぬ何事も

物を創ってる時が一番楽しい頑固親父より